2007年9月13日木曜日

風 共に 去りぬいついて

物語の概説
南北戦争下のジョージア州アトランタ市を背景に、アイルランド系移民の父とアメリカ南部の名家出身の母を持つ、気性の激しい南部の女、スカーレット・オハラの半生を、彼女を取り巻く人々ともども壮大に描いた作品である。10年近い歳月を費やして執筆され、1936年に出版、翌年ピューリッツァー賞を受賞した。当時の大ベストセラーとなったが、ミッチェルは本作1作を書いたのみで他に著作はしなかった。これにはミッチェル自身が病弱ゆえ本作の執筆と完成だけでも膨大な年月を要したためこれ以降創作意欲を喪失してしまったことが執筆活動中止要因である。
1939年に公開された同名の映画化作品は、当時としては画期的な長編カラー映画であったことも手伝って世界的なヒット作となり、アカデミー賞を多数受賞しました。

物語
奴隷制が残る1860年代のアメリカ南部ガ舞台で、ジョージア州。時代背景は南北戦争の頃である。
アイルランド系の農園主の娘、スカーレット・オハラは自分と同じ上流階級の青年・アシュレー・ウィルクスに恋をしていた。 だがアシュレーは従姉妹であるメラニーと婚約し、愕然としたスカーレットは、あてつけのためにメラニーの兄(チャールズ・ハミルトン)と結婚してしまう。しかしチャールズは、結婚後まもなく戦場に赴き、病死。スカーレットは17歳にして、チャールズとの間にできた長男ウェードを抱える未亡人となる。ウェードを連れてアトランタに赴き、ピティパット叔母・メラニーとの新生活を始めるスカーレット。 その目の前に、かつて無頼な行為で社交界から締め出されたレット・バトラーが現れる。 スカーレットに、自分と似たものを感じるレット・バトラーは、スカーレットがかぶる淑女の仮面を取り去り、彼女本来の姿を露にしようとする。 またスカーレットも、喪服姿でダンスパーティに参加するなどして、周囲の評判を落とす。
そんな中、南軍は北軍に対して苦戦を強いられ、ついにアトランタも占領される。 出産で体の弱ったメラニーを連れ、危機一髪で故郷へ逃げ帰ったスカーレットだが、故郷は荒廃し、頼りにしていた母も病死していた。 一夜にしてオハラ家の主となった彼女の意識は、飢えを凌ぐことと故郷を守ることだけに集中。 妹の恋人フランク・ケネディを奪って第二の結婚をし、商売を始める。 この頃、女性が働くということはタブーに近かったため、周囲の評判はさらに下降し、 メラニーを始めとするウィルクス家の人々とレット・バトラーを除き、彼女の周囲から古い友人は続々と離れていく。 また彼女の不用心な行動は、黒人から襲われるという事件を引き起こし、制裁を加えようとした夫フランクは、銃弾に倒れてしまう。スカーレットは、レット・バトラーと第三の結婚をする。 レットは、以前からスカーレットを愛していたが、彼女の無慈悲な性格を知るレットは、そのことをひた隠しにする。 また彼女自身も、次第にレットを愛するようになっていったにも関わらず、相変わらずアシュレーを想い続けていると信じ込んでいたため、それを自覚しない。 二人の気持ちはすれ違い、その仲は日増しに険悪になっていく。 そして、二人の間に生まれた最愛の娘ボニーが事故死してしまうことで、その最後の絆が断たれてしまう。娘を失ったショックから抜けきらないうちに、スカーレットに最後まで友愛を示し続けたメラニーまでが、流産により命を落とす。 アシュレーを奪った恋敵として憎んでいたはずのメラニーを、実は心から愛していたことに、スカーレットは気づく。 また、死の床のメラニーに指摘されて始めて、自分が愛しているのはアシュレーではなくレットだということを自覚する。 スカーレットは急いで帰宅し、レットに愛を打ち明けるが、レットはすでに、スカーレットを追うことに疲れきっていた。 これまで隠してきた心の内と、もうスカーレットを愛していないことを打ち明けると、レットは出て行ってしまう。 自分を支え続けてくれたレットとメラニーを同時に失い、ついに孤独となったスカーレットだが、彼女の恐るべきパワーは、すぐに絶望の中から希望を見出す。 すぐに故郷へ帰って、そこでまたレットを取り戻す方法を考えようと決意して、幕は閉じる。

舞台化
風 共に 去りぬは、その背景となっている南北戦争の敗戦とその後の再建時代のアメリカ南部の姿が、太平洋戦争の敗戦とその後の復興時の日本の姿と酷似しているため、日本でも大変愛され何度も舞台化されている。
1966年、改築されたばかりの帝国劇場で世界最初の舞台化。スカーレットが荒廃のタラで復活を誓う所までを前編として公演された。本物の馬が登場したことも大きな話題を呼んで大ヒットとなり、ロングラン公演となった。翌年には後編、その後に前後をあわせた総集編や東宝ミュージカルも公演された。 1977年、日本の宝塚歌劇でも舞台化されてヒットした。以来幾度か再演され、宝塚の重要な演目の一つとなっている。
この間、大地真央主演の東宝翻案版(1987年)、アレクサンドラ・リプリー作品の続編「スカーレット」も公演し、さらに2001年に大地真央主演のミュージカル版「風と共に去りぬ」も製作された。

歌曲化
歌曲の 風 共に 去りぬは、ハーブ・マジソン(Herb Magidson)作詞、アリー・リューベル(Allie Wrubel)作曲で、1937年に発表されたスタンダード・ナンバー。小説『風と共に去りぬ』にインスパイアされて作られたが、内容は抽象的な失恋の歌であり、小説や映画とは直接の関係はない。ただし、映画:風 共に 去りぬの宣伝に使われたとも言われている。
ミディアムスローテンポで歌われるメジャーなバラードで、派手な曲でなく、ヒットはしなかった。だが、1940年代以降のモダン・ジャズ時代になると、通好みのひねった曲調が特にジャズ歌手やピアニストに好まれるようになり、それ以来ジャズ・スタンダードとして半世紀以上も歌い継がれている。

映画化
風 共に 去りぬは、1939年のアメリカ映画。ヴィクター・フレミング監督作。マーガレット・ミッチェルによる同名の世界的ベストセラー小説 風 共に 去りぬを映画化したものである。全編で3時間42分という大長編であるにも関わらず、当時空前のヒットを記録した。
MGMとセルズニック・プロダクションが製作したテクニカラー方式による大作メロドラマであり、製作費や宣伝費に大金をかけるさきがけとなった作品でもある。
アカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演女優賞(ヴィヴィアン・リー)、助演女優賞(ハティ・マクダニエル・黒人俳優として初)、脚色賞ほか特別賞を含め9部門を受賞。ちなみに、この作品が受賞することが授賞式で発表される前に新聞社が発表してしまった為、それまで新聞社にはあらかじめ知らせてあった受賞結果をプレゼンターが名前を読み上げるまでは厳重に管理することとなった。
風 共に 去りぬを考察する

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